平安時代の朝風呂
平安時代の人は滅多に風呂には入らない、匂い消しのために香を焚き染めていたという話は結構たくさんの人が知っている有名な話。ヨーロッパでも風呂に入れなかったから香水ができたという話もあります。平安時代といえば「源氏物語」で有名な「光源氏」。やっぱり垢で黒光りしていた?かどうかは別として、たまにしか風呂に入らなかったのです。
それでもこと天皇に関しては日中行事として毎「朝」入浴していたという記録があります。ただ体を清潔にするというのではなく心身を清める「儀式」という感じでしたから、形式にしたがって毎日寸分の狂いもなく執り行われていました。毎朝辰の刻(午前八時ごろ)になると、官人が釜殿から御湯殿に湯を運びます。湯を沸かすところとお風呂は別の建物になっていたのです。次に須麻子という女官が二人でお湯を湯船に入れます。
天皇のお側について身の回りのお世話をする内侍という高級女官が湯加減をみて、用意が整ったことを天皇に告げると、天皇は湯かたびらを召して湯殿に入ります。さてここからが本番。入浴中に典侍が洗い粉で天皇のからだを流し、それが終わると、洗い粉が入れてあった容器を床に打ちつけて割ります。その音を合図に、外で待機していた蔵人が弓の弦を打って悪魔払いをしたのです。その風景、想像するとなんか間抜けだったりする...。


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