火消し集団
江戸時代、火災発生時に活躍した火消し。江戸の町では江戸城や藩邸を担当する大名火消し、旗本お抱えの定火消し、そして「め組」で有名な町火消しがいた。町火消しは主に大工や鳶で構成された1組100〜200人という集団で、現在の消防団に繋がる組織である。
いろは四十八組は"ひへん"を除いた45組と百千万の3組。また本所、深川には16組があった。現在のような消火法ではなく、延焼を抑えるために鳶口などの道具を使って周囲の建物を壊していく破壊消防。纏(まとい)は延焼を止める場所、そこまで破壊する「消し口」を示すものとして使われていた。
破壊地域が広範囲になるため、建物の持ち主や武家屋敷、他の組の火消しとの喧嘩は絶えなかったと言われる。そんな町火消しだが公的に貰える報酬は必要経費程度の微々たるもので、ほとんどボランティア。普段はそれぞれの大工や鳶としての収入の他、町での揉め事の仲裁報酬や大店から貰う袖の下、心付けが収入となっていた。


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