オジサンのつぶやき
   【民度】

ちょっと話は古くなるが今年の春の統一地方選挙の顛末。
具体的な地名は伏せるが、住民からリコールされ解職された町長や、拘置所の中という身である
前市長が共に選挙の結果当選し町長は返り咲きし、前市長はトップ当選したという話。
こんな時、不思議とどこからともなく出てくる声がある。

「(そのような人間を選んだその地方の人の)民度が低いのではないか」

選挙は公正に行われその地域の人々が下した判断なので立派な「民主主義」の結果なのである。
一方、その地域の選挙民でない全国の多くの人はどう受け止めたのか。
オジサンは、やはり、「なんだかな・・・」というようなやりきれない思いを持ってしまう。

ところで、「民度」とは一体、何であろうかということでいくつかの辞書を引いてみた。
『三省堂国語辞典』
■国民の文明・生活の程度。「民度が低い」
『新明解国語辞典』
■その地域に住んでいる人びとの経済力や文化の程度。
『新潮現代国語辞典』
■国民・住民の経済生活・文化文明の程度
『岩波国語辞典』
■人民の生活程度「民度が低い」
『明鏡国語辞典』
■国民・住民の生活水準や文化水準の程度。「民度が高い」
次に、インターネットの検索エンジンGoogleで、「民度」に「高い」と「低い」をそれぞれ付けて検索してみた。

「民度」=4940件
「民度が低い」=502件
「民度が高い」=156件

(2003年7月14日時点)

明らかに「民度が低い」の方が、「民度が高い」の3倍以上使われている。そもそも「民度」なんて
言葉を出すこと自体、それを使う相手を貶めようとしているので、当然「高い」よりも「低い」が多く
使われているのであろう。『三省堂国語辞典』や『岩波国語辞典』はそういった使用状態を反映
させて「民度が低い」という用例(しかも作例)を載せたものだと思われるが、一番新しい
『明鏡国語辞典』は、「民度が低い」という言葉に差別的なものを感じて、あえて「民度が高い」
の方を作例として採用したのではないかと類推され中々辞典もそれぞれの会社の特徴がでているようである。

しかし、落ち着いて考えてみると、もしかしたらこの「民度」というものは、一定の考え方に基づいた、
もっとはっきり言うと、「都会の」民主主義的な考え方に基づいた考え方の尺度のようにも思る。
そうすると、そういった生き方、考え方に基づかない生活を望む人たちが、先の地方選の結果を出した
ところには多数(少なくとも数千人単位で)いるということです。その人たちの生き方を「民度が低い」というような一言で済まして
しまっていいのかどうか。というより、そういった生き方で生活している人たちがいるという現実にもしっかりと目をむけていく必要も
あるのではないか、とちょっと違った角度から考えさせられてしまう。
ただし、「国民はその程度にふさわしい政府しか手に入らない」という言葉があることも事実である。
これを言ったのはどうやらイギリス人らしいのだが、次回はこのあたりに迫ってみることにしよう。

<2003.7.14>



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