| 【娘の卒業】 |
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「大量殺戮兵器」を使ったブッシュによるイラク侵略開始の日に オジサンの娘が無事というのか予定通り「大きな学校」を卒業した。 そして4月から小さな医療機関に勤め始めた。 何故医療機関なのか、その動機は娘の母親の助言にあったらしい。 特に取りたてるほどの得意技も器量も持ちあわせていない娘だが、 唯一他人に誇れるものがあった。 それは、「3年保育」の幼稚園時代から小・中・高・大と、ナント、 『19年間』に渡り「無遅刻・無欠席」で通い続けたことである。 もちろん本人だけの頑張りではないことは勿論ではあるが、 少なくとも娘の忍耐心と強靭な体が支えたのではないかと思う。 母親はそこに目を付けた。 「その丈夫な体を生かして人の役に立つ仕事をしなさい!」と。 当初は「看護婦(今では看護士)」という話もあったそうだが、 「みんながやりたそうな仕事は自分には合わない!」という少々 普通とは異なる考えの持ち主(誰に似たんじゃ?)であったため、 患者の体を外から支える看護ではなくもっと体内に入り込んだ領域の仕事を、 ということで「臨床検査」の道を選んだという。 じつはこの選択についてはオジサンは事前になんの相談も受けていない。 その意味では「お嬢さん」育ちの娘からは想像も出来なかった。 娘は幼稚園時代は母親の運転する車で送迎され中学へ通うようになって始めて独りで「鉄道」に乗った。 高校時代も比較的「育ちの良い」友人に囲まれ世間知らずを地で行っていた。 当時そのお友人たちと臨海方面にある某大型テーマパークに遊びに行った時初めて使ったカメラ(レンズ付フィルムではなかった)から撮り終わったフィルムを取り出す時、巻き戻さずにカメラの裏蓋を開け放しフィルムをすべて台無しにしてしまったことがあった。 そんな娘が恒例の「卒業旅行」間際になって、一緒に行く友人たちが全員海外に行くということを初めて知ったという。 それから慌ててパスポートをとる羽目になった。何しろ本人は四国にでも行くつもりであったらしい。(巡礼の旅か?) 必要な書類を役所を駆け回り自分で(当たり前だが)集め、 何とか旅行に間に合い、卒業式の数日前に何気ない顔をしてオーストラリア旅行から 思い出の写真と共に帰ってきた。(今回はレンズ付フィルムであったが・・) それなりに成長し、自分でやるべき事をやって「卒業」したのである。 人間は「失敗」しながら反省し工夫し成長する。 人類は先達の貴重な経験から学び次世代につなぐ。 遠く中東のバグダッドでは480万人の市民を巻き込んだ市街戦が始まろうとしている。 独裁者フセインは嫌いだがブッシュはもっと嫌いだ、というバグダッド市民の声。 悲しみと憎しみと復讐心しか生み出さない戦争。 少なくとも前線の兵士たちは命ぜられるままに「人殺し」をやっているのだろうが なぜか人類としては「戦争の世紀」と言われた20世紀の過ちから「卒業」できていない。 <2003.3.20>
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