オジサンのつぶやき
   【年賀状】

一体何歳までだったのだろう、正月に年賀状が来ることを楽しみにしていたのは?
お雑煮も満足に喉を通らないほど待ち焦がれていた朝は、いつ頃だったのだろう?
たった1枚のお目当ての年賀状を探すために家族全員の年賀状を片っ端からかき分け
「やっぱり、来なかったか!」と悲嘆にくれたのはいくつの時だったのだろう。
新しい学校に入る、学年が変わりクラスが変わる、会社に入る・・・・・・・
節目節目で新たな人に会いその翌年は新しい差出人の年賀状が増える。
人間が成長する過程で多くの人に出会い活躍する世界が広がると共に増えてくる
それが「年賀状」だったのかも知れない。
そんな郷愁感を抱きながら2003年の年賀状に出会う。
数年前、年賀状専用ソストと高性能カラープリンタが現れた頃、年賀状は百花繚乱のごとく
まさに「作成技術の祭典」のようだった。
美しいけれども「ケバケバシク」、正確な文字だけども「感情」がなく不愉快そのものだった。
オジサンの仕事上の教え子が、前年どころか数年会っていないのに、
「昨年中は、たいへんお世話になりました。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」という印刷文章を
一言も添え書きもなしに送ってきたので、返信年賀に「警告文」を書いたこともあった。
おそらくそんなことをする人間はオジサンくらいだったのかも知れない。
そんな噂が一部には広まり教え子たちは、翌年からは「手書き」の一言を入れてきた。
宛名まで印刷された儀礼的な年賀状なんか何百枚も来ても「ゴミ」となる。
しかし拙い文字で数行にこめられた消息情報は年の初めの最高の贈り物である。

<2003.1.1>



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