| 定点観測 |
|
本来の意味は「海上で定期的に行う気象観測」のことである。 巷の地上では様々な使われ方をしている。 ちなみにオジサンは若い頃独自の観測地点をもっていた。 学生時代は「定店観測」と称して「毎週開店前に同じ店」に通っていた。 これは午後2時からあるスポーツで大量発汗し17時の開店前に仲間と ドット繰り出したのであった。 卒業後結婚前までは、「毎週金曜日夜7時」に同じ店に顔を出していた。 当時は「金曜日の男」と呼ばれオジサン目当ての客も多かった。 (蛇足ながら「ホスト」をやっていたわけではなく単なる客であった) 結婚してからは毎年10年間結婚記念日に当時の式場の「写真店」に 行き記念写真を撮りつづけた。 10年間で家族は2人から倍になった。 バブル時の地上げでこの写真店が消失しこの「定店観測」は終った。 こんな邪道な「観測」などしないで真っ当な「定点観測」をしている人も 世の中にはたくさんいる。 特に「写真家」と呼ばれる人の中には同一テーマで何十年も仕事を続けて いる人が多い。例えば「富士山を撮りつづけて30年」とか「干潟にくる渡り鳥 を撮り続けて20年」とか対象が「自然」のものが多い。 しかし残念ながら「自然」は確実に観測される毎に悪化している。 汚染され、削減され、縮小され、変色され・・これほど自然を痛みつづけている国も珍しいくらいである。 対象が「人間」の場合の典型的な「定点観測」は年賀状であろう。 毎年正月というごく限られた期間に到着する1枚のハガキが差出人の生息状況を伝える。 オジサンは過去に2度この生息情報が途絶えた経験を持つ。 一度目はオジサンの結婚式に招待した方で「毎週金曜日夜7時」に通っていた店で知り合った二回り以上も年上の方であった。 二度目は2年ほど仕事の後輩であった者がその後独立して仕事をやり始めた頃胃癌で亡くなったことを彼の妻から知った。 どちらも毎年途切れたことがなかった「年賀状」がその年は届かなかった。 毎朝日課としている「愛犬」との散歩でも必ず会う何組かの「犬とその飼い主」がいる。 散歩のスタート時刻が同じだと殆ど同じ「地点」で会う。 少し時刻がずれるとその分遭遇地点が変わる。 犬同士相性が悪ければ黙ってすれ違うことができるのだが、オジサンの愛犬がお気に入りの犬に 出会うとなかなかお互いに離れない。毎朝辛い別れの体験をさせている。 散歩の途中で会うのは犬だけではなく出勤途中の人も何人かいる。 特に若い女性だと印象が強い。 数回連続して会うと他人同士でも自然と無言の挨拶が生じる。 今度会ったら声をかけようか、などと考えているといつのまにかいなくなっている。 人伝に聞くと結婚して遠地に越されたようである。 一抹の寂しさを感じながらなぜかホットして彼女の幸せを願ってしまう。 このような「定点観測」を続けていると「停年(後)観測」に変わる日もそう遠くはない気がする。 <2003.2.2>
|