取り越し苦労
ずっと先の事なのにあれこれと考えて、どうでもいい心配をする事を「取り越し苦労」という。古くさそうな言葉のわりには今でもよく使う。しかし「取り越し」っていう言葉の本来の意味は意外に知られていない。
取り越しっていうのは一体何を取り越していたのか、すなわち一定の期日よりも早めになにか事を行っていたのである。実はこれは忌日を繰り上げて法事を行う事をいうのである。浄土真宗の宗祖、親鸞の忌日は11月28日だが、そを取り越して、その前に法要を行う事を「御取り越し」という。
親鸞の忌日の11月28日には本山で法要が行われ、全国から門徒や真宗末寺の人たちが本山に集まる。法要は全国の真宗末寺でも行われるが11月28日に法要を行うと本山に行けないので、末寺では取り越して(日を繰り上げて)法要を行う。そこで「御取り越し」という言葉が生まれた。それが転じて先の事を考えるのを「取り越し」といい、それを無駄な苦労として「取り越し苦労」というようになったのである。


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