| 【酔いにまかせて】 |
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オジサンの本格的な「飲酒」開始年齢は極めて遅かった。 最近は小中学生でも平気(?)でアルコールを口にするが、 オジサンは高校2年生の夏に初めて大量にアルコールを口に含んだ。 かなり「奥手」であった。 所は伊豆七島の式根島。 いまでこそ若者であふれかえるほどのキャンプ地となっているが、当時は 決まったキャンプ場などなく、もちろん飲料水も電気もない。 海岸から離れた村役場から貯めてある雨水をもらった記憶がある。 その時飲んだアルコールは「サントリーレッド」。 まさに赤く着色したアルコールである。 もちろんそのままでは飲めず、といって氷も水も無い。 従ってコカ・コーラで割ることになる。 当時流行の「コークハイ」というやつであった。 コーラの甘みでアルコール臭はほとんど消え、ガブガブ飲んだ。 自分の適量とか限度量なんか知る由もない若者たちであったから 酔うということがどのような状態になるさえも判らなかった。 さんざん飲んだあと、数名で海岸線の岩場を探検したらしい。 翌朝、仲間と昨夜探検したらしい場所を見ると、とても昼間では歩けない 錐だった険しい岩場であった。 暗さと酔いがそのような行動を可能にしたのだろう。 学生になって最初の夏に、先輩の家に数名の仲間と呼ばれた。 昼間の激しい運動の後だったので喉の渇きは最高潮に達していた。 その時初めてビールの飲み方を教えられた。 すなわち、何も食べない「空腹状態」で飲むことである。 それまでのオジサンは食事をした後でなければビールを飲めないという、 今からはとても想像もつかないような学生だった。 最初の1杯目から2杯目を一気に飲み、渇きを潤す。 そして3杯目辺りからゆっくりと空腹を満たしていく。 こんな感じで「暑さ」を肴にして一人2〜3本はビール瓶を空にする。 結局、4〜5人で大瓶のケースを飲みきり、深夜の酒屋に買出しにいった。 その帰りに、一緒に買い物に行った誰かが公園の池で服のまま泳いでいた。 会社勤めを始めると、学生時代ほどの時間の自由度は無くなる。 しかし独身のころは使える金が以前よりは増え、回数は減るが質が向上する。 飲む酒の種類にもうるさくなり、酒と一緒に食べる肴に薀蓄を傾けながら飲む。 しかし基本的なスタイルは学生時代からあまり変化せず、空腹を満たすために そして脱水状態から解放されるためにビールを飲む。 その後「酔う」ための日本酒に移る。 その日本酒も合成酒や混合酒の時代から徐々に進化して、純米酒へと移る。 決して悪酔いはしないと言ってはばからず、知らず知らずに酒量が増える。 酒量が増えると「減るもの」がある。 「図書費」と「所持品」と「記憶力」。 年々歳々、これらの目減りを食い止めようと酒を飲みながら対策を練っている。 <2003.11.9>
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