「住民運動と報道」

第28回新研集会記念講演 6月7日香川

豊島事件弁護団長 中坊公平さん

 今日は主に豊島の住民運動をマスコミの視点から考えてみたい。廃棄物の最終処分地を巡っては、どこの自治体、住民もそんなのがきたら困ると言っている。豊島では、処理業者の松浦庄助が「県の公認や」とあちこちで言って、不法投棄していた。ひどい目に遭っているわれわれが、県との中間合意の中で、どうして島の中で産廃を中間処理している出す案を選んだのか。それは、都会の人たちにとっても、いやなものはいやなのだから、再生利用できるような状態でしか島の外に産廃を出せないからだ。そうしなければ、住民のエゴだと言われてしまう。
 だが、私は正しいことを主張して、エゴだと言われることに、大変な怒りと悲しみを覚える。たとえ数は小さくても、訴えていることが世の中の道理にかなうとすれば、それはやはり正義になる。
 豊島の産廃の不法投棄は、昭和58年から始まり、野焼きやダンプの横行が始まった。兵庫県警が摘発する平成2年まで、実に7年間に及んでいる。
 警察が「産廃法違反」と判断したことで、県当局は、従来の「合法だ」という主張を撤回せざるをえなくなった。だが、救済手続きが行われないため、われわれとしても、もうこれ以上下がりようもない線まで下がって、中間処理を島の中でしようと決断した。なのに、香川県は謝罪をしない。許可を出し、拡大させたのがすべて県だったというのにだ。 松浦も悪知恵が働くが、それ以上に住民を殺す役割を果たしたのは、県そのものだ。暴力に屈した県職員。かれらには公僕としての意志はみじんもない。あるのは自己保身だけだ。島の産廃を完全撤去することについて、島の人たちの90%以上が、難しい、と本音では思っている。およそ、勝つ見込みもない闘いを、なぜやろうとするのか。次の世代のために、自分の時代に豊島を汚なくしてしまってはいけないと、がんばっていることが、大きな共感を呼ぶことになった。
 国民の支持を得るようになったのが、平成5年の12月20日から県庁前で始まった無言の抗議行動(立ちん坊)だ。これによって豊島の問題から全国の問題になった。単に理屈だけ言っても、世の中の人が目を向けてくれるわけではない。お金が入っても自分たちのものにはならないのに、豊島の住民は誰一人として、「いや私は困る」とおっしゃった方はいない。この「私」というものがない倫理観こそが、われわれの運動の基礎を支えている。
 マスコミとのかかわりに言及すると、「早期報道」はなかったということだ。事件の発端から平成2年に兵庫県警があげるまで、実に16年の年月がたっている。新聞はその間、どこも大きく触れなかった。住民にとって非道なことが行われ、それも内緒ではなく、フェリーの中にダンプを乗せ、島に運ぶようなおおげさなことになりながら、この事実が報道されなかった。

新聞は、「斥候」の役割を

 新聞には、現地取材の継続をお願いしたい。事件取材だけでなく、現場を踏まえた記事のみが人々が説得できるのだと思う。新聞というのは、本来「斥候(せっこう)」の役割を担っている。丘の上に上がり、集団に対してこの道を行けば安全だよ、あるいは安全ではないよ、ということを知らせる役だ。単に事実を知らせるだけでなく、その事実の裏に潜む根本的なものは何であるか、この道は良いか悪いかを「斥候」としてやっていただきたい。
 いろいろ注文を付けたが、われわれの闘いと新聞とのかかわりをみてくると、唯一の味方が新聞だった。世論の支持がわれわれを支えていればこそ、今日まで歩んでこれたのではないかと思っている。

【新聞労連 6月15日・30日合併号 (朝日労組・Y)】


「出版と人権」

―「Focus」「文芸春秋」の少年事件報道をめぐって―
「出版研究集会第7回分科会」

 司会の間島弘氏(小学館労組・出版の自由委員会)が、「神戸・小学生殺人事件をめぐって、『FOCUS』『文芸春秋』が被疑者少年の実名、顔写真、検事調書の公表などを行ったことについて、人権と出版・報道の自由はどうあるべきか」と問題を提起した。
 烏賀陽弘道氏(『AERA』編集部)は、「ハイリスク・ハイリターンの雑誌は部数を伸ばすために、どうしてもスキャンダリズムにはしりがちになる」と報告した。
 原田福夫氏(信愛書店代表・日書連東京青年部)は、「完売した。返品した書店もあったが、言論の自由とか流通の自粛という認識がない。内容の責任は出版社にあり、出されたものは売るべきだ。しかし、売った責任は書店にある」と発言した。
 西河内靖泰氏(図書館問題研究会・図書館の自由委員会委員長)は、「閲覧中止、カウンター管理、返品・購読打ち切りなど図書館によって対応が分かれたが、報道によってマスコミから閲覧中止を強要されたと感じた。提供制限慣れが気になる」と発言。
 会場からの質問を受けてパネリストからは、「非難されながらも売れている『文春』をどう考えるのか」「間違った出版物こそ保存するのが図書館の役割」「読む自由、買う自由は保証されるべきだ」などの意見が出された。出版倫理と人権の保障をどうするか、関係者の早急な対応が望まれる。熱心な討議に43名が参加した。

【出版労連 7月15日号  (教宣部 中沢)】




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